体力より脳力、歩くとどうなる?





朝一で父に質問された「歩くとどうなる?」




父には、必要以上に歩かない方が良いと指導しているためにこのような質問になります。




体に良いと信じて




私の考えは、高齢者に筋肉維持のためのウォーキングはすすめていません。




ここでいうウォーキングとは、30分以上で毎日や、それに匹敵する頻度の歩く運動。




なぜなら全身の筋力低下していると仮定して話すと、




姿勢が悪いために膝にかかる負担が距離や時間が伸びると大きくり、




それが原因で膝関節を痛めることになるからです。




痛めた膝関節を、何故か休めることなく続ける人が多いのも特徴で、




そのため習慣にするには危険と判断しています。




痛めても、歩き続けた膝関節は元には戻りません。




しかし限定的に10分程度の散歩は良しとしています。




しかし、これは散歩であって、筋力低下防止のためではなく、気分転換のために。




父は、以前膝を痛めていて(この時はすぐに対応したため治った)それ以降、私の教えを守っているので、散歩はしているが積極的にウォーキングはしていません。




しかし、散々メディアではウォーキングをすすめるので、気になって質問したようです。




歩くとどうなる?



私、「健康な人が、ウォーキングをすると筋力がますことよりも体温の上昇や血行の促進、心拍数の上昇などなど、心肺機能に良い、平常時よりも代謝が上がることが期待できるよ。」




父、「じゃあ、やったほうが良い?」




私、「いや、やらなくて良い。あなたはナッシュボディ白楽で筋力トレーニングを週1回、自主トレを週2回しているからそれで十分。散歩以外は膝の怪我のリスクが高くなるのでやらなくて良いよ。」




父、「わかった」




非常に物分かりの良い父であります。




脳力とは




でも、「たまに歩くのは大丈夫?」っていうから「大丈夫だよ、家からバス停までとか、よく買い物やカラオケで行く、横浜駅の構内とかは良いと思うよ。」




父、「横浜駅構内を歩くのは、ゆっくり歩く方が良いかな、どうかな?」




私、「ゆっくりじゃないと歩けない?」




父、「いや歩けるけど、なんとなく疲れそうだからゆっくり歩いている」




私、「あなたの体力なら目的を持って、短い時間だったら、早歩きの方が健康には良いから、ヨドバシから高島屋くらいは、試しにのんびりよりも少し早足で歩いてごらん」




父、「なんで、早歩きが良いの?」




私、「人を避けたり、まわりの状況を判断しなければいけないので、脳が活性化するよ。」




私、「人ごみを歩くのは、脳の情報処理能力に比例するから体力より脳力だよ。通常は人が、避けてくれているから事故にあわないだけで、自分がある程度の体力がないと人ごみに出れなくなってしまう、そのためにも、人ごみを歩く練習だと思ってやってみるとよいかも」




私、「疲れたら休めば良いし、平日の午前なんかチョット空いてる時だけにすれば良いんじゃないか」




父、「わかった、体力よりも脳の問題で歩くスピードが遅くなるってことね」




非常に物分りの良い父であります。




それから、スタスタ歩く練習を、すいている時にやっているそうで、調子が良いみたいです。




くれぐれも、短い距離、短い時間は守ってくださいね。

体に良いこと、悪いこと






体に良いと言われるとなんとなく意識するでしょ。反対に悪いことと言われても意識するでしょ。




今日、患者様とこんな話をしました。




でもどっちが日常生活に影響するかって言うと、私は悪いことを減らす方が、良い効果があると感じます。




良いことをするのを増やすことが意味がないわけではありません。





良い悪いは相殺しない




しかし良いことと悪いことの相殺が確実に成り立っているなら良いんですが、なかなかそれを裏付けるエビデンスが見つからないんです。




私が禁煙したのは29歳の11月29日から、その日は今でも覚えています。




朝までビリヤードをして、買いだめしていたタバコ6箱を一気に吸ってやろうとしていました。




結果、吸いきれないで4箱ビリヤード仲間が捨てるならくださいと言われたので、あげました。




あれから22年間禁煙は続いております。




禁煙の効果はすぐに感じられるものもあれば、最近になって感じることもあります。




この時、禁煙をしないで喫煙を帳消しにできる良い事って私は頭に浮かびませんでした。




このように極端な事例はそうそうありませんが。





食事は程度の問題ならば




身近なことだと、食べ過ぎたことが体に悪いこととします。




では良いことで相殺できるでしょうか?




私だったら次の日の食事の量を減らしますが、これは同じ事をするか、しないかの問題になってしまうので、




代わりになることって言うと、なんでしょうかね?なかなか思い浮かびませんね。




食事を減らすこと自体が体に良いことかはこの際置いといて、このように相殺も可能なこともあります。




でもチョット考えると、食べ過ぎなければ良いことじゃないかって思いますよね。





運動はしたほうが良い




運動はどうでしょうか?運動自体は基本的に体には良い効果が期待できます。




運動が悪いことだとすると、それは「やりすぎた時」でしょう。




やりすぎた運動を相殺出来る事って、休息ですかね。やはり「やりすぎない」ことをしたほうが良いような気がします。





食事と運動





食事と運動の関係はほとんどのお客様から質問されるナンバー1です。





「食べ過ぎたら運動すればよいか」

「食べないから運動もしない」

「運動したから食べて良いか」

「運動してないから食べない方がよいか」


いろいろありますが。






私がいつも気にしていることは、まずは過ぎていると思うことをやめることから始めてくださいとアドバイスします。




悪いことを減らしていく、それを考えたとき程度の問題なのか?キッパリやめたほうが良いのかを考えます。




その後に余力があれば良いことをする。





食べすぎは運動では解決しない



「食べ過ぎなら食べ過ぎないことから」

「食べないことが健康に影響していると思うなら運動よりも食べることから」

「運動不足と思うなら運動を始める」




食事と運動の相殺はありそうですが、体に与える効果が全く違うと私は考えるので一緒にはしない、




相殺は無いと考えています。簡単に言うと「食べ過ぎは運動では解決しない」です。




どちらも終わりのない一度始めたら続けることが大切なので、無理せずコツコツやっていくことが必要に感じます。

食事に関して





病気のために「美味しものを、美味しく食べること」ができない時がありました。




したがって、私のダイエットの考え方は、「美味しいもの」、「食べたいもの」は我慢しないで食べたいです。




しかし、食べたいものが食べられなかった時の原因は、いつも「食べ続けていた」からでした。




普段から体に栄養を過多にしていたことが体調を崩し、結果食事を制限しなければいけない羽目になりました。




最近は、普通食の外食はほとんどしません。しかしご馳走の外食はします、大好きです。




普段は、食べるものも決まったものを何日も食べることが多いです。




たまに、外食するときはカロリーは気にしません。ここは我慢しません、




私の人生の最大の喜びだと思っています。




断食などしていますが、これは私が編み出したご飯を最大に美味しく食べるためのテクニックです、




毎日食べているとありがたみがなくような感じが私はします。




したがって、何日かぶりに食べるご飯の美味しさには感動します。大げさですが(笑)




食事とは体にとっては栄養の摂取です。




それ以外に「心」や「気持ち」を落ち着かせたりする効果があるのは、みなさんもわかると思います。




が故に、心と身体のバランスを崩しているときは、気持ちに正直になって食事をすると体調を崩す原因になることも考えられます。




必ずしも体が欲しているという保証はないことが、闘病して徐々に体の機能が回復するに連れ感じられました。




病気というものの発症は遺伝的要因以外は、主に、「何かが足りないか」、「何かが多いいか」でおきます。




では、病気をしないように日常生活で自分がある程度「管理、行動、制限」できることを考えてみると「食事と運動」が思い当たると思います。




では、「何かが足りない」となると「何が」足りないでしょうか?




「何かが多い」となると「何」が多いでしょうか?




自分の生活をチョット思い浮かべて、考えてみてみると、最低でもいま、自分ができる健康管理がわかってくるんじゃないかと思います。

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