自分を変えるハワイの真面目な話し





横浜に移住資料館があります。




前から、気になっていてので行ってきました。




移住ってご存知でしょう




ハワイにも移住して150年がたつそうです。




ハワイには日系のひとが多くいることは知られていますが、どのような生い立ちなのかを簡単に勉強しようかなと思いました。




まずは移住の歴史から




日本人の海外移住は、1866年に海外渡航禁止令(鎖国令)が解かれてから、すでに150年以上の歴史があります。

当時の移住の方々の持ち物の展示 写真撮影ができるもの
カバンの中身
カバンの中身
工具




ハワイ王国における砂糖きびプランテーションへの就労(官約移民)に始まって、




アメリカ、カナダといった北米への移住、そしてその後1899年にはペルー、1908年にはブラジルへと日本人が渡ります。




そして、1924年にアメリカで日本人の入国が禁止されると、大きな流れが北米から南米へと移っていきます。




その結果、第二次世界大戦前には約77万人、大戦後には約26万人が移住しています。




どうでしょうか?おかたい文ですが、わかりやすいと思います。




移民資料館のHPからの抜粋です。




では、ハワイに限って年表で説明しますと。






ハワイの移民の歴史




ハワイへの集団移住が始まって150年立ちます。




先駆けとなった人たちは1868年(明治元年)に渡ったため元年者と呼ばれその子孫は8世代にまで広がっています





1852年 中国から最初の移民195人がハワイへ

1853年 ペリーが浦賀に来校

1868年 日本から151人がハワイ上陸(34日間の船旅)

1871年 元年者の契約が満了 残留90人帰国51人死者7人不明3人

1898年 アメリカがハワイ併合




1835年に始まったハワイの主要産業のサトウキビ栽培に大量の労働者が必要になったことで各国から移民を受け入れるこことなります。




日本人は契約期間3年、、月26日労働で月4ドル住居食事医療はハワイ負担という条件でした。




当時のサトウキビ畑の労働はとても厳しく、暑さに慣れていない農業未経験の方などは早々に引き返しているようで、




その数は40人ほど、過酷な労働だったことはなんとなく想像できます。




現在はサトウキビ産業はハワイにはありません。




マウイに行くとサトウキビ列車というのが観光用に走っていて、生ギターの演奏があり、風が優しく吹き、ハワイだな~という気分に浸れるスポットがあります。





楽園ハワイ?




楽園ハワイかどうかは人によって感じ方は違うと思いますが、




私にとっての楽園ハワイはこのような人たちの歴史の上に成り立っていることは事実としてあることで、




これからもハワイアンと日本人が良い関係でいられるように移住の方々がどのようなハワイを望んでいたであろうとちょっとは考えるきっかけになりました。

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